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なつかしの六甲① 阪神石屋川駅→御影公会堂

1960年代。
私の神戸の歴史が始まる。


灘区石屋川沿いにあった 神戸市の市営住宅、アパートが私の最初の住居。
幼稚園を卒業する間際までここで過ごした。
高校時代に 懐かしくて(自分探しの年頃?)一度訪れた記憶がある。
その当時すでに 自分の記憶の中の風景とかなり違っていた部分もあり
今思えば写真でも撮っていればよかったのだけれど センチメンタリズムに浸るのも それを人に見られるのも かっこ悪いと思う年頃でもあり、 あまりじっくり眺めることなく足早に通り過ぎてしまった。


今回、まずは自分の神戸のルーツを尋ねよう、と思った。


三ノ宮から阪神電車で石屋川駅へ。 →地図  
実はいつもは京都に行くにも阪急に乗るので、阪神電車に乗ることも まずありえない体験。
子どもの頃は市電(路面電車。ちんちん電車とも言っていた記憶がある)かバス。
JR(当時は国鉄。流石に省線とよぶのは親世代)はおばあちゃんちに行くときに阪神石屋川駅乗る位で…


ま、とにかく石屋川駅。     

震災の時にはこの石屋川駅も大きな被害を受けたとのこと。
今はすっきりした駅舎に震災当時のようすはうかがえない。
(HP〔まにあっく・阪神〕  島式ホームとなった石屋川駅)


改札を出ると目の前に流れているのが 懐かしの石屋川だった。


…地図で見ると確かに石屋川。
でも、私の記憶の石屋川より、河岸の石垣が高くて立派過ぎるような…
記憶の石屋川は 6歳くらいの子どもが飛んで降りられる位の高さだったのだけれど…
と思いながら石屋川の左岸右岸に細長くつらなる公園を上流に向かう。
 川の左右が石屋川公園です

この石屋川公園。
震災後、 毎年慰霊祭が行われるとテレビで見ていたので、是非訪れてみたかった。
ただ、石屋川の上下流に広い公園の どこで慰霊祭が行われるのかは未検索。
結局それらしい場所にはたどり着けなかったのだけれど、石屋川公園を歩いているだけで小さい頃の思い出と、震災の時の思いが交錯する。 
(震災時 石屋川公園にできたボランティア組織〔神戸元気村〕。この場所だったきっかけは≪御影公会堂≫だったという。 HP 〔ヒト博物館=冒険記〕 元気鍋からできた『神戸元気村


なにせ、ここらに住んでいたのは6歳までなので 地図を見ると 記憶にあるのはせいぜいアパートの周囲、南側は石屋川車庫、北はJRの線路手前、石屋川公園の北端、とみた。
石屋川車庫、今もバスの車庫になっている。 それより海側は私には記憶に残っていない。

『火垂るの墓』で空襲を受けた神戸の街に ポツンと立っている御影公会堂が描かれている。
(HP 〔Father's Eyes〕  御影公会堂食堂
御影公会堂は石屋川駅から石屋川車庫の間にあった。
全く行った記憶がないのだけれど、地図には載っているし。 御影公会堂を目指して歩き始める。


今まで御影公会堂という名前は神戸のブログなどでよく書き込まれているので、気にはなっていたけど、いかんせん阪神電車に乗らんので、どうも石屋川駅までたどり着くことだけでも億劫な気分が… 前回、20年以上前に石屋川を訪れた時も、たしか、JRの六甲道駅から歩いたような気がする。 

ところが何のことはない。 阪神石屋川とJR六甲道駅は 直線距離で2キロない位の距離だった。 こんな近いんなら 歩いても楽勝だろう。 たしかに近かった。 近かったけど…



あ、あの交差点のところにあるのがもしかして…阪神石屋川駅からほんの何分か歩くだけで、行く手に古めかしい怪しげな建物が見えてきた。
あ。 これが かの御影公会堂ですか!
「公会堂」というと、東京では〔日比谷公会堂〕〔杉並公会堂〕といったところをイメージしていたのに、御影公会堂はせいぜい2階建て位でこじんまりと見える。 しかも遠目、パッとしない灰色コンクリっぽい外観に、思わずがっくり。
「公会堂」って、公民館みたいなものだっけ?
一瞬錯覚を起こしそうになりながらも どんどん近づいていった。



横から見るととても素敵。近づいて 横に回りこんでみると 意外に なかなか立派なたたずまい。
昭和初期(8年)に建てられた、という説明に心底納得の、レトロな洋館風。
こじんまりして見える正面(南側からの景観)と、横から見る 赤いレンガ風の、丸い船室の窓風の明かり取りの… ほんの20年まえまでは古い大学や旧市街では普通に見かけたような 懐かしい昭和モダンな建物に 次第に期待が膨らむ。



   
しかし。 御影公会堂といえば 〔食堂〕に行け! との書き込み多数なのだけど、
食堂はどこから入るのか?
公会堂入り口にはでかでかと(まるでこの建物全体が食堂です、とでも言うんかいな、というくらい)≪御影公会堂食堂≫と書いてあるけど、入り口は今一つわからない。
立て看板もあるし、矢印もあるけど、その先にあるのは通用口というか、避難口へ続くような小さな階段。階段を降り、建物へ入る扉は裏口とよんでも差し支えなさそうな鄙びた、木の扉。
建物に入るとこういう建物に特有な やたら高い天井に十分ではない照明で、
結果的に薄暗い廊下。ところどころ壁の塗装もはげ…


     ここは公会堂というより食堂です。看板は主張する。  看板はあるけど、どこ?  建物の横に回って、地下に降りる階段を恐る恐るおりる

              ショーケース。左にオススメのメニューが手書きで…地下の入り口。ドアに木札が…<営業中>…ここらしい        年季入ってますね!


公民館などによくある食堂のガラスの箱ディスプレイ。
まぁ、確かにここは食堂らしい。 時間もちょうどいいし、話のついでにやっぱり立ち寄っておこう。

ここに至るまで期待のアップダウンを繰り返していた私が ようやく本格的に盛り上がったのは、一歩食堂の中に足を踏み入れた瞬間だった。
それまでの薄暗い雰囲気が、 窓際の採光もあって いい感じの間接照明と共にレトロなレストランの雰囲気へと一変。 高い天井に広々した壁は、 得体の知れない茶色く変色したような油絵がそこここにかかっているのだけれど、それも気にならない、というよりむしろ『バタ臭い』なんて言葉を思い出すほど、外国への憧れを一身に集めた『昔の洋食屋さん』の空気を濃厚に感じさせてくれる。店内。照明が映える建物です。


ランチ。モチロンオムライスを注文。
評判のオムライスは まさに懐かしい昔の神戸の洋食屋さんの味。
上品な味付けのケチャップライスは、今のジャンクフード系の味付けとは全く対照的。
旨味も控えめながら素材の良さを引き出す味付け。 オムレツに添えられているトマトソースも、今どきイタリアンなパンチの効いたニンニク味は ほとんど感じないが、上手くトマトの旨味成分を引き出し酸味を生かしている 優れたトマトソース。


サラダのドレッシングしかり。 コーンスープしかり。
コーンスープの後味に 自分の家の自家菜園のパセリの香りのような 清清しい香りがフワッと香るあたり、まさに、今どきの 『厳選された素材を使った特別なもの』 というよりも、昔ながらのおうちごはんの手作り感漂うような 心が通う料理。 しかし家では出せない味。 上等のもてなし。
昔かたぎな洋食屋さんの丁寧な仕事は どこか共通するものがあるのかなぁ。
チキンライスとコーンスープの味に、ふと、小さい頃に食べた〔伊藤グリル〕の味を思い出していた。

いいものを頂きました。 そんな気持ち満ち足りて 食堂を後にする。

     セットのコーンスープとサラダ。       これが噂のオムライス。   色の割りにケチャップ味はとても薄い。

地下の食堂から公会堂の方に階段で上がっていくと かすかに上階から金管楽器の音が。
学生の練習?とふと思ったのだけど、そうだ。ここは公会堂だった。
建物内部は 白い壁、太い柱、シンプルな曲線と直線の組み合わせが美しい。
空襲にも震災にも残った建物の持っている力づよさは 外観からはうかがい知ることができないけれど、骨太なガンコさを太い柱にシミジミと感じる。


      御影は酒蔵でも有名です  美しい光と影  御影公会堂正面玄関

玄関もとてもシンプル、質素。訪れる車がひっきりなしに人を降ろしていく姿は 今でもこの公会堂が親しまれ利用されていることを伝えてくれる。


美味しいお昼もいただいて、 いざ、 行かん。



つづく


◇神戸新聞Web News 記憶の交差点 〔御影公会堂物語〕 

◇kobeportさんの≪神戸トピックス≫ 『火垂るの墓の舞台』 2008.3.21
六甲、石屋川、と言えば やはり『火垂るの墓』 も忘れられません。
kobeportさんのレポートは、『火垂るの墓』を軸に石屋川、御影公会堂が美しい写真とともに
綴られています。




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街あるき | 12:12:12 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
midoriさんもこちらにこられましたか。
なんだか不思議な場所ですよね。現役なのに廃墟のようで・・・。
midoriさんのことだからもうご存知かもしれませんが・・・。この公会堂を建てるために巨額の資材をはたいたナントカという人がなかなか振るってるんですよ~。みんなでこの人を祭り上げようと銅像を作る話が出たときに「わしゃ、鳥にフンをかけられるような悪いことをした覚えはない」ってv-411
だからその人の胸像(すごく小さいの)玄関ホールの中の目立たない場所にあります。鳥にフンをかけられないようにe-461
2007-05-13 日 23:06:20 | URL | 早坂 [編集]
◇早坂さん.
「鳥にフンをかけられるようなわるいことをした覚えはない」
この話、このブログを書くときに御影公会堂の事をググッてて知りました.素晴らしい話ですね.
唯一参考にあげた神戸新聞WebNewsのなかにその一説がありました.http://www.kobe-np.co.jp/chiiki/rensai/200508kobe/02.html
灘のお酒が公会堂に展示してある不思議さはこの話を読んで納得しました.
神戸の歴史を紐解いていくと、そこにはやっぱり神戸人がいる。
そんな思いを新たにしました。
2007-05-14 月 12:39:46 | URL | midori [編集]
ご無沙汰しています。ルーツ探しの旅をされたんですね。
6歳ぐらいなら、断片的な記憶が残っているんじゃないかな。
お地蔵さんがあったとか、大きな松の木があったとか、近所にブランコのある公園があったとか、思い当たりませんか?

御影公会堂は、毎年夏の平和行進で、7月9日のゴール地点なので2~3年に1度は、訪れます。でも食堂には、入ったことないんですよ。
名物オムライスを食べたんですね。「伊藤グリル」と共通項があるとは思いませんでした。
2007-05-14 月 23:54:57 | URL | 須磨人 [編集]
◇須磨人さん。
断片的な記憶が残っています。先日この先を歩いた時、あちらこちら確認作業が忙しく写真を撮り忘れ、、あとから「あそこの写真をとっておけばよかった」ということがいくつかありました。

御影公会堂に次回お越しの時には食堂もいらしてみてください。
『伊藤グリル』の思い出もかなりレトロな雰囲気に満ちているのですけれど、味の記憶が意外なところで結びついた感じです。
といっても、神戸の洋食、といえば『伊藤グリル』くらいしか行った記憶がないから、単純にそこに結びついただけなのかもしれません。私には懐かしくて美味しいお味でした。
2007-05-15 火 09:46:15 | URL | midori [編集]
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