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淀川長治さん 日曜洋画劇場

茂木健一郎さんのクオリア日記で 日曜洋画劇場と淀川さん のことが書かれてたんで懐かしかった。


 淀川長治さん。


 淀川さんの 「さよなら、さよなら、さよなら。」 をリアルタイムで見たことない世代が もう随分いるんやろうなぁ。 私が子どもの頃、映画、ゆうたら日曜洋画劇場やった。 日曜洋画劇場、ゆうたら、淀川さん、やった。

 淀川さんが紹介してくれる映画は、子どもも安心してみてられた。 時に怖いんもあったし、どれくらい番組に淀川さんの意見が反映されてたのかは 知らんけれど。
 でも、日曜洋画劇場をみてると 映画がとても身近に感じられた。 映画が終わって、淀川さんが 「こわかったですね~」 とか 「すごい映画でしたね~」 とか、柔らかい標準語っぽい関西弁で(今思えばあれは神戸弁やった) 言わはるのも楽しかった。 淀川さんの柔らかい笑顔。 番組の最後のいつものフレーズ。どれもが日曜日のラストに相応しい、 心安らぐものだった。
 2時間の中に凝縮されたストーリーは 自分で映画館まで行ってみることのない小学生、中学生の時代 (ビデオもまだなかった)、テレビでやっているドラマや娯楽番組とは違った充足感を与えてくれた。 オーソドックスな作品とでも言うのか、あとで いわゆる「有名どころ」 として名前を聞くようになった作品の多くを
 最初にみたのは日曜洋画劇場。


 淀川さんは神戸の出身。 中学の頃にはそう聞き知ってたように思う。
あの温和な表情、言葉遣いで 言いたいことは割にはっきり言う、言いたくないことは言わない、カッコええ ホンマもんの大人として尊敬してる人が神戸の出身者なんは 凄いうれしいことやったし、誇りでもあった。

 淀川さんが小さい頃から映画館に出入りしてた新開地は、当時は映画が盛んでたくさんの映画館があるハイカラな街神戸の中心地やったということだ。
 今でも新開地では淀川さんゆかりのイベントがあるそうだ。
神戸では未だに 尊敬と親しみを込めて淀川さんを語ってるんやね。



***


 私がはじめて一人で映画館に行ったんは、 三ノ宮の ≪阪急文化≫ という映画館。
多分そのとき見たんは 『サウンド オブ ミュージック』 。
 阪急三ノ宮駅の駅ビルの上のほう、 いわゆる ≪名画座(二番館)≫ というのやった。

 二本立てで そのころいくらやったやろう。400円せぇへんくらいやったんかな。 普通のロードショーより安くて映画がみられる、と聞いて恐る恐る入っていったそこは、 なにやらホコリっぽく ムッとよどんだ空気。 やたらと天井の低い圧迫感。 逃げて帰りたかったけど もう入場料払った後やし、うなぎの寝床みたいに細長で遠くにスクリーンがある客席は空いてた。 気を取り直して しっかり座席を選んで座った。 (空きすぎた名画座は逆に嫌なこともある、と知るのはずっと後のことだ)


 阪急文化には高校時代に何度か行った。
高校では 体育館で全校生徒が参加する 『映画をみる会』 があった。 映画研究部が 白黒の映画をかけてくれて、それがまた渋くていい映画だった。
その後 東京に上京してからは 時々名画座の御世話になった。
『ぴあ』 という (今だとベンチャーというのか)学生
が立ち上げた映画情報誌が軌道にのり、ようやく隔週で発刊されるようになった頃だ。それに載ってる名画座の情報は貴重だった。
それほどたくさん映画をみたわけではないけど、時々 名画座に1日もぐりこんでいた。
その頃は途中の入れ替えもなかったんで、1回行くと大体3本を続けてみた。
おにぎりを持ち込んで 途中の休憩時間にほおばった。



東京で つぎつぎに名画座が姿を消したのは バブルの地上げの頃?バブルが崩壊してから?
神戸の名画座 ≪元映≫ 廃業の噂を聞いたのは  1980年代後半だったか。

震災の時、すっかり崩れた阪急三ノ宮駅。
≪阪急文化≫も当然失われた。




映画の世界に誘ってくれた淀川さんが亡くなったのは


 1998年11月。






**資料**




【淀川長治】  ウィキペディア  はてなダイアリー  あの人の人生を語ろうー淀川長治 



【新開地】   新開地ファン ≪新開地の歴史≫
          「東の浅草、西の新開地」と言われた、旧き神戸カルチャー発展の地」


【映画・名画座】

名画座   ウィキペディア。

≪全国主要映画館便覧 大正後期編≫   神戸の映画館がのっています。 
‘70~‘80年代全国主要名画座劇場一覧2≫   どちらも みつ豆CINEMAさん 



魅惑の名画座    今ある名画座の情報が載っています。



阪急文化  『阪急神戸ビルの変化を追って』 阪急文化は阪急三ノ宮駅の駅ビルにありました。
        『阪急三ノ宮駅』  震災で崩れた阪急三ノ宮駅の写真。  どちらも 美し都神戸から  DAIさん。



神戸で映画を撮る理由   「都市の記憶シンポジウム」 『風の歌を聴け』の監督大森一樹氏の話に神戸の映画館が出て来る。

『神戸最後の映画館』 (浅田脩一著幻堂)の紹介文    南陀楼綾繁さん

名画座時代―消えた映画館を探して(書籍)  阿奈井文彦さんのルポルタージュ、エッセイ。昭和30~40年代の名画座のルポルタージュ。



【淀川長治さんの名解説 1日だけ復活!】                               2007.4.19 追記
DAIさんのブログで、淀川さんの解説がこの4月22日(日)に1日限り復活することを知りました!
  『淀川長治さんが登場♪』 
同じく、Yahoo!ニュースの文面から。≪
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の名セリフがよみがえる。1998年に89歳で亡くなった映画評論家・淀川長治さんの名解説が一夜限りの復活を果たすことが18日、分かった。22日のテレビ朝日・ABC系「日曜洋画劇場」(後9・00)の40周年記念の特別企画として、淀川さんの解説が放送される。(後略)≫  Yahoo!ニュース、デイリースポーツの記事より抜粋。

 淀川長治さんの事を最近時々思い出していました。
桜の舞い散る春の陽ざしの中、どこかで空の淀川さんとつながっていたのかもしれません。
うれしい ニュースでした。
 




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神戸 | 20:00:00 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
NoTitle
淀川さんの「さよなら さよなら さよなら」 大好きでした! あの独特の口調はずーっと忘れない思い出の一つです(^^)
亡くなった時の洋画劇場でも、最後の収録の様子が特集で放送されていましたが、最期の最期まで 現役で 映画を見なさい と伝え続けて 淀川さんの信念に感動しました。 弱ってはいらっしゃいましたが、あの姿は忘れません。
2007-01-22 月 19:38:41 | URL | DAI [編集]
◇DAIさん。

淀川さんの「さよなら、さよなら…」がまた聞けるなんて、とても嬉しい情報をありがとうございました。
さっそくTBさせていただき、記事のほうにもアップさせていただきました。(というより、コメントいただいていたのに、返事がずいぶん遅くなってしまい申し訳ありませんでした)

今週の日曜洋画劇場は必ずビデオに保存します!
2007-04-20 金 10:43:46 | URL | midori [編集]
淀川長治さんは兵庫区の西柳原町の出身で、
淀川長治さんの家代々のお墓は大黒さんの福海寺にあるそうです。
淀川家は柳原の芸者置屋で大黒さんの熱心な檀家だったようです。家はえべっさんの裏にあったようです。淀川長治が米騒動の思い出を自伝に書いています。そこで柳原が出てきています。
「それは暑い夏の日であった。どこからいうのでもなく私の家が襲われて焼かれるという噂が立った。・・・・私たち家族は近くの福海寺という寺に逃れ、そこの本堂の近くの十畳の部屋にかくまってもらったのであった」

筆者は明治42年神戸生まれ、映画評論家の故淀川長治さんである。(『淀川長治自伝 上』/中公文庫)
2010-06-16 水 13:46:08 | URL | 淀川長治さんの故郷 [編集]
Re: タイトルなし
◇淀川長治さんの故郷さん。

淀川長治さんの自伝ご紹介ありがとうございます。
兵庫区の柳原という場所は兵庫駅の周辺なのですね。
私は垂水出身なので兵庫のあたりの地理に疎く福海寺の場所も初めて知りました。
湊川にも近く、いかにも子どもでも歩いて遊びに行けそうな場所ですね。

テレビで拝見していた淀川さんがこのあたりを歩いておられたと思うだけで
なんだかウキウキしそうです。
次回兵庫に立ち寄る時はこのお話を思い出せるよう、もう少し詳しく調べておきたいと思います。
2010-06-17 木 02:28:33 | URL | midori [編集]
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