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今では東京暮らしの方が長ぅなってしまったけど、大好きな神戸にいまでもこだわりがあります。
山と海がないとね~
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神戸の会社設立屋が送る神戸時計

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イカナゴのくぎ煮

 東大寺二月堂のお水取りが終わり、 空の色が次第に春らしく明るくなって来る頃。
神戸の西 須磨~垂水、明石の市場に イカナゴが水揚げされはじめる。
 魚屋さんの店先に、でっかいプラスチックのカゴいっぱいになった生のイカナゴが並んで、おかぁさんたちは5キロ、10キロと 何度も買い求めてはくぎ煮にする。ikanago.jpg


イカナゴのくぎ煮。

 私の故郷、塩屋の町は 海から塩屋谷川という小さな川沿いに山に向けて開けていった町で、 狭い町だけに この時期、 街中のおかぁさんたちがイカナゴのくぎ煮を煮始めると 甘っ辛い醤油の匂いでいっぱいになる。


 いまや東京でもちょっとした高級スーパーなどで、小さなパック詰めを高い値段で売っているのをみるようになったけど、 あれはうちらのソウルフードの一つなんですわ。



 ウチの母は料理にはこだわりのある人だったようで、 黒豆を丹精こめて煮るために コックさんが使うようなアルミの寸胴鍋を買ったりする人やったんやけど、 そのアルミの寸胴鍋は 実はイカナゴのくぎ煮にも使われていた。


 母が亡くなってから、私達娘が母のレシピを捜すことは なかった。 母の友達であるSさんが 毎年イカナゴをくれはるんで(他にも父の知り合い何軒かからも回ってきて) イカナゴを一度も煮ることなく 20年以上がたった。


 ところが。 このブログをはじめて、いろいろなところにお邪魔しているうちに、 これは!とおもえるレシピに出会った。 

ほいほいさんの神戸・芦屋・西宮☆ぷらぷら日記
 ≪母直伝☆いかなごのくぎ煮レシピ≫


これ、ほんまおいしそう。お上手ですわ。
しかも それでいてレシピもわかりやすいし。 ほんまに 生まれて初めて「イカナゴのくぎ煮、やってみよ!」 と思ったんです。

 黒豆ン時もそうやったけど、おいしいやろうけど、なかなか自分でやってみよう思うようなレシピってないんよね。 美味しそうな出来上がりのほど、つくり方面倒そう。 おいしいやろうケド、ちょっとね…
イカナゴも黒豆も、おばちゃん くれはるし … 思ってたんで…



≪イカナゴ漁≫は 例年2月下旬から3月中旬にかけて行われるようです。






【いかなごといかなごのくぎ煮について】 兵庫観光壁紙写真集 のサイトに詳しく載っています。
いかなご漁と明石海峡大橋 写真


【追記 2007.2.21】  今年のイカナゴ戦線始まる!
 ふくださんの≪塩屋徒然≫ イカナゴ戦線2007 によると、 今年は漁も少なめのようだということ(神戸新聞ニュース)。まだ解禁になっていないのですが、イカナゴのくぎ煮に使う調味料類は着々と売られ始めているようです。
いよいよ今年も 始まりますね~!

【追記 2007.2.25】 今年のイカナゴ解禁は28日!
 上記ふくださんの≪塩屋徒然≫ とうとうイカナゴ解禁が28日になったという報道をアップ。
いつも最新情報、ありがとうございます!  神戸の皆さん。 始まりますね! 神戸新聞ニュースはこちら


【追記 2007.2.28】 ついにイカナゴ解禁!
 引き続き、ふくださんの≪塩屋徒然≫ イカナゴ解禁の朝の魚屋さんの様子をアップしてくださっています。 このお店こそ、私がいつも実家に帰ったときに立ち寄る魚屋さん。
こちらの魚屋さんとはまた別ですが、どうも同じ塩屋の魚友さんという魚屋さんのHPには、魚友さんがイカナゴのくぎ煮をはじめたというエピソードが載っています!こちら
それが本当とすると、私の出身地、塩屋は、なんとイカナゴのくぎ煮の発祥の地!という事なんか?ほんま?すごいことや、これは!

なお、魚友さんのHPには、今日のイカナゴのシンコが写真でアップされています!

【追記 2007.3.8】 イカナゴを買う行列…
 またまた引き続きふくださんの≪塩屋徒然≫イカナゴ戦線2007・行列。 イカナゴを求めて朝から魚屋さんの店先に並ぶ人々の列。 明石焼きは並んで食べようとは思わんけど、イカナゴは並んででも絶対手に入れなアカン。なんでかというと、今年作ったものを親類縁者に送らなアカンから。
 イカナゴを作って皆さんにおすそ分け、遠くで楽しみにして待っている人達に送るのが神戸の西部の春の行事。 

 今年は漁も予想通り少ないようです。 魚形は今、ちょうどいいくらいになってきている感じ。(魚友さんHP:3月7日のページ
神戸帰ってイカナゴ煮たい~~~!


【追記 2007.3.13】 今年は本格的な不漁…
 いつもイカナゴ情報をいただいているふくださんの≪塩屋徒然≫ですが、やはり今年は本格的に不漁だという記事。 イカナゴ戦線2007・くぎ煮のたれ
私が生まれて初めてイカナゴのくぎ煮にチャレンジ!という記念すべき年になるはずだったのに…地元の方ですら手に入りにくい状況だそうです。
≪イカナゴおらん!水揚げ昨年の3分の1≫ (神戸新聞ニュース2007・3・11)


 現在、イカナゴの情報だけを追記でアップしている状態なのですが、こちらのイカナゴへのアクセスが大変増えています。やはりシーズンなのでしょうね。
みなさん、今年のイカナゴは貴重品になりそうですよ。そんな厳しい状況を乗り越え、コーベからイカナゴを送ってくださるとは、なんとありがたいことでしょう。感謝いたしましょう。
イカナゴのくぎ煮は≪母の味≫、母の愛、親の愛、大事に思って下さる人々の愛、なのですね…


【追記 2007.3.28】 初めてのくぎ煮 (おがちゃんさんのblog)
 イカナゴ漁解禁からちょうど1ヶ月。今年はイカナゴの量が少ないとか、値段が高いとか色々不安要素が沢山でしたが、神戸の方達がそれでも一生懸命作って全国に送ってくださったので、東京在住の友人達からも 「イカナゴ、届いたよ」 の知らせが来ました。
 それでもやっぱりそろそろ終盤。もう今年はイカナゴ、終わるんかなぁ…とちょっと寂しい思いのところに届いた、『初めてのくぎ煮』の便り。スッゴイ美味しそうな出来上がりに、思わずよだれが… おがちゃんさんの≪おがちゃん便り≫ 『意外と簡単!?』
 生姜をレシピよりも大目に使われたそうですが、美味しく出来たとの事。私も来年こそ、生姜少し多めで美味しいお手製くぎ煮を作りたい!と思いました。


 


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東西味違い | 18:07:05 | Trackback(2) | Comments(6)
旗振山・鉢伏山 ① 旗振山の梅林

「毎朝登山(まいあさとざん)」 という言葉がある。

 毎朝、まだ日が出るか出ないかの早朝に、自宅近くの「裏山」に登る。
時間によっては頂上で朝日を拝み、下山すると、いつも通りの日常生活が始まる。

 神戸の「裏山」 六甲山系の 頂の数は幾つあるのか知らないが (
六甲山系の三角点)、 少なくとも名前の付いた山の頂には、そんな 「早朝登山」 の利用者が立ち寄る茶屋のようなものがあり、
そこにはラジオ体操のハンコカードよろしく、自分で印をつけるための出欠表が回覧板のようにぶら下がっていたりする。

 近所で母と仲ようしてくれてたおばちゃんが、いっとき 毎朝登山をしてた。
うちらの裏山は 旗振り山、鉢伏山、そして鉄拐山。
おばちゃんが毎朝登山してたんは、 家から20分ほどで着く、旗振山頂上に近い
旗振り茶屋


 毎朝ほどではないけど、 旗振山へはよく登った。
犬を飼ってたときは、日曜には山に散歩に行った。
小学校の頃は 冬の体育の授業や、合同授業で 旗振山に登った。
 春休みには、家族で一度は登った。 8合目ほどの稜線で、淡路島と鉢伏山と瀬戸内海を眺めながら 魔法瓶に詰めたチャルメラの汁を、タッパーに入れて持って行った 汁きりした麺に注いで食べるのが スゴク美味しかった。


 旗振山に登る道は何本かあって、 ウチのほうから登る道は、地元の人しか使わない。
途中、 『馬の背』 と呼んでた 細く痩せた 腐れ花崗岩がむき出しの
稜線の道は
年を経るにしたがって風化で姿が変わって、
毎回 行く度に どうなっているんだろう、 ちゃんと渡れるだろうか、とドキドキした。


 旗振り茶屋の直前。
それまでのシイやコナラの 背の高い雑木林から抜け出て 一瞬で視界が開けるところがある。


そこが 旗振山の梅林。




2月、3月。
まだ背の高い木の葉が芽吹いていない頃。 紅白の梅が香り高く 南斜面の日向で
その可愛い花を咲かせ始めると、 そろそろ また 山に登る季節がやってくるのだなぁと思う。


海からの風が 梅の香りを 山頂へと運んでいく。

左には鉢伏山。 そこからず~っと 水平線。 そして 淡路島。

春のうららかな光に 瀬戸内海が 鏡のように光っている。

何度ながめても 気持ちがいい。 神戸の海は ここからの眺めが 一番好きだ。




今年はもう 梅の花は 咲き始めただろうか。


 


 


【注】  ≪旗振山の梅林≫は正式には ≪須磨浦山上公園の梅林≫ です。
    山陽電車HPには梅祭り2/11~3月中旬となっている。


     ≪2007年 梅の開花状況≫
    2月21日現在の梅の開花状況は3分咲き  (須磨浦山上公園HPの書き込みより)


【須磨浦山上公園】
(→ウィキペディア / →山陽電車HPの右上をクリック) 梅林はこの山上遊園地の南斜面に広がっている。


 



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須磨浦公園/須磨浦山上公園  鉢伏山と旗振り山/須磨アルプスハイキング(神戸観光壁紙写真集 より)

街あるき | 22:33:50 | Trackback(0) | Comments(11)
淀川長治さん 日曜洋画劇場

茂木健一郎さんのクオリア日記で 日曜洋画劇場と淀川さん のことが書かれてたんで懐かしかった。


 淀川長治さん。


 淀川さんの 「さよなら、さよなら、さよなら。」 をリアルタイムで見たことない世代が もう随分いるんやろうなぁ。 私が子どもの頃、映画、ゆうたら日曜洋画劇場やった。 日曜洋画劇場、ゆうたら、淀川さん、やった。

 淀川さんが紹介してくれる映画は、子どもも安心してみてられた。 時に怖いんもあったし、どれくらい番組に淀川さんの意見が反映されてたのかは 知らんけれど。
 でも、日曜洋画劇場をみてると 映画がとても身近に感じられた。 映画が終わって、淀川さんが 「こわかったですね~」 とか 「すごい映画でしたね~」 とか、柔らかい標準語っぽい関西弁で(今思えばあれは神戸弁やった) 言わはるのも楽しかった。 淀川さんの柔らかい笑顔。 番組の最後のいつものフレーズ。どれもが日曜日のラストに相応しい、 心安らぐものだった。
 2時間の中に凝縮されたストーリーは 自分で映画館まで行ってみることのない小学生、中学生の時代 (ビデオもまだなかった)、テレビでやっているドラマや娯楽番組とは違った充足感を与えてくれた。 オーソドックスな作品とでも言うのか、あとで いわゆる「有名どころ」 として名前を聞くようになった作品の多くを
 最初にみたのは日曜洋画劇場。


 淀川さんは神戸の出身。 中学の頃にはそう聞き知ってたように思う。
あの温和な表情、言葉遣いで 言いたいことは割にはっきり言う、言いたくないことは言わない、カッコええ ホンマもんの大人として尊敬してる人が神戸の出身者なんは 凄いうれしいことやったし、誇りでもあった。

 淀川さんが小さい頃から映画館に出入りしてた新開地は、当時は映画が盛んでたくさんの映画館があるハイカラな街神戸の中心地やったということだ。
 今でも新開地では淀川さんゆかりのイベントがあるそうだ。
神戸では未だに 尊敬と親しみを込めて淀川さんを語ってるんやね。



***


 私がはじめて一人で映画館に行ったんは、 三ノ宮の ≪阪急文化≫ という映画館。
多分そのとき見たんは 『サウンド オブ ミュージック』 。
 阪急三ノ宮駅の駅ビルの上のほう、 いわゆる ≪名画座(二番館)≫ というのやった。

 二本立てで そのころいくらやったやろう。400円せぇへんくらいやったんかな。 普通のロードショーより安くて映画がみられる、と聞いて恐る恐る入っていったそこは、 なにやらホコリっぽく ムッとよどんだ空気。 やたらと天井の低い圧迫感。 逃げて帰りたかったけど もう入場料払った後やし、うなぎの寝床みたいに細長で遠くにスクリーンがある客席は空いてた。 気を取り直して しっかり座席を選んで座った。 (空きすぎた名画座は逆に嫌なこともある、と知るのはずっと後のことだ)


 阪急文化には高校時代に何度か行った。
高校では 体育館で全校生徒が参加する 『映画をみる会』 があった。 映画研究部が 白黒の映画をかけてくれて、それがまた渋くていい映画だった。
その後 東京に上京してからは 時々名画座の御世話になった。
『ぴあ』 という (今だとベンチャーというのか)学生
が立ち上げた映画情報誌が軌道にのり、ようやく隔週で発刊されるようになった頃だ。それに載ってる名画座の情報は貴重だった。
それほどたくさん映画をみたわけではないけど、時々 名画座に1日もぐりこんでいた。
その頃は途中の入れ替えもなかったんで、1回行くと大体3本を続けてみた。
おにぎりを持ち込んで 途中の休憩時間にほおばった。



東京で つぎつぎに名画座が姿を消したのは バブルの地上げの頃?バブルが崩壊してから?
神戸の名画座 ≪元映≫ 廃業の噂を聞いたのは  1980年代後半だったか。

震災の時、すっかり崩れた阪急三ノ宮駅。
≪阪急文化≫も当然失われた。




映画の世界に誘ってくれた淀川さんが亡くなったのは


 1998年11月。






**資料**




【淀川長治】  ウィキペディア  はてなダイアリー  あの人の人生を語ろうー淀川長治 



【新開地】   新開地ファン ≪新開地の歴史≫
          「東の浅草、西の新開地」と言われた、旧き神戸カルチャー発展の地」


【映画・名画座】

名画座   ウィキペディア。

≪全国主要映画館便覧 大正後期編≫   神戸の映画館がのっています。 
‘70~‘80年代全国主要名画座劇場一覧2≫   どちらも みつ豆CINEMAさん 



魅惑の名画座    今ある名画座の情報が載っています。



阪急文化  『阪急神戸ビルの変化を追って』 阪急文化は阪急三ノ宮駅の駅ビルにありました。
        『阪急三ノ宮駅』  震災で崩れた阪急三ノ宮駅の写真。  どちらも 美し都神戸から  DAIさん。



神戸で映画を撮る理由   「都市の記憶シンポジウム」 『風の歌を聴け』の監督大森一樹氏の話に神戸の映画館が出て来る。

『神戸最後の映画館』 (浅田脩一著幻堂)の紹介文    南陀楼綾繁さん

名画座時代―消えた映画館を探して(書籍)  阿奈井文彦さんのルポルタージュ、エッセイ。昭和30~40年代の名画座のルポルタージュ。



【淀川長治さんの名解説 1日だけ復活!】                               2007.4.19 追記
DAIさんのブログで、淀川さんの解説がこの4月22日(日)に1日限り復活することを知りました!
  『淀川長治さんが登場♪』 
同じく、Yahoo!ニュースの文面から。≪
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」の名セリフがよみがえる。1998年に89歳で亡くなった映画評論家・淀川長治さんの名解説が一夜限りの復活を果たすことが18日、分かった。22日のテレビ朝日・ABC系「日曜洋画劇場」(後9・00)の40周年記念の特別企画として、淀川さんの解説が放送される。(後略)≫  Yahoo!ニュース、デイリースポーツの記事より抜粋。

 淀川長治さんの事を最近時々思い出していました。
桜の舞い散る春の陽ざしの中、どこかで空の淀川さんとつながっていたのかもしれません。
うれしい ニュースでした。
 




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神戸 | 20:00:00 | Trackback(0) | Comments(4)
もうすぐ あの日 ≪開幕の祈り≫

もうすぐ 1月17日、 あの日がやってくる。

 あの日。 朝、慌しく家事をしていた時に ダンナからの電話でそれを知った。
「ニュースみてる? 神戸が大変みたいだ」
一瞬 血が下がるのがわかった。
 テレビをつけると、 朝の光にてらされてはいるが 音のない 動くもののない 死んだような神戸。
慌てて実家に電話をする。
 幸い、すぐにつながる。 親の声を聞いた瞬間、どっと体中の力が抜けた。
そのあと、家からの電話がつながらなくなったが、 近くの公衆電話から、 何度も何度もかければ時々つながった。

 ずっと神戸の映像から離れられなかった。
夜を迎え、 真っ暗な神戸に点在してみえる赤い炎を 胸がつぶれる思いで見守ることしか出来なかった。あの炎の下には人がいる。 はよ火ぃ消さな。 早ぅ! なんでどんどん広がってんの? どないなってんの? 何とかせな! 何とかならんの?!
 ウチのすぐ近くまで火が迫っているよう見えた。朝を迎えるまで、テレビの前で身体の震えが止まらないまま ずっと念じ続けた。



あれから12年。


 10年を迎えたとき、 共に神戸で育った友達とは 「まだ終わっていない」 という思いを誰ともなく語り始め、 思いがけずも確かめ合うことになった。 テレビなどで 「神戸は復興した」 と明るく告げられているのが 実感とは とてもずれていたから。


 多くの人が犠牲となり、罹災し、 直接罹災していない多くの人の心にも 目に見えない傷が残っている。


 


 



あの日を 忘れられない
それぞれの人が それぞれの鎮魂を胸に あの日を迎える。



 去年の春に出たクラシックのCD、  佐渡裕さん指揮の 【開幕の祈り】 は 復興のシンボルとして2005年10月にオープンした兵庫県立芸術文化センターの専属オーケストラが初舞台を踏む前に録音された。
芸術監督であり、この録音の指揮をとった 佐渡裕さんは、ライナーにこう記している。


***


『(前略) …  僕の芸術監督としての役目は、非常にはっきりとしています。それは、あの忌まわしい震災のあったこの地で、力を合わせ生き抜いてこられた方たちに、素晴らしい舞台を届けることです。

 この街は、電気もガスもなくなったあの日、家族や友人を奪ったあの日のことを忘れないでしょう。そして、人のたくましさも、感謝の気持ちも忘れないでしょう。 そうした想いが、僕に、この劇場の、そしてオーケストラの誕生という形で、人が創る芸術とは「楽しみ」という原点に立ち戻ることなのだということを教えてくれました。僕は、多くの人々にその喜びを伝え、ともに心豊かな未来を創っていく役目を授かったと感じています。僕は常々「音楽は素晴らしい!」と言ってきました。素晴らしいものであるからこそ、多くの方々に感動を届けなければならないのです。兵庫でのはじめてのアルバムとなる 『開幕の祈り』 は、そのような大きな使命を感じ、出来立てのオーケストラを相手に、一音一音確認しながら、どこまでもうつくしさを求めた録音です。

 この音を、多くの犠牲者のために捧げます。そして、それは、この街の豊かな未来への「祈り」でもあるのです』


***


≪カヴァレリア・ルスティカーナ≫間奏曲
(マスカーニ)
弦楽のためのアダージョ(バーバー)
アダージェット(マーラー)
エレジー(チャイコフスキー)
ヴォカリーズ(ラフマニノフ)
アンダンテ・カンタービレ(チャイコフスキー)
クラリネット協奏曲第2楽章(モーツァルト)  そして
G線上のアリア(バッハ)。




聴き慣れた小品だからというだけではない、 心に染みる一つ一つの音に、知らず涙が流れる。




 表紙の 祈りを形に留めたような線描は 神戸出身の画家、寺門孝之さん
寺門さんも、 今月の17日に 震災への思いを胸に 神戸で≪2∞7☆1☆17てらぴかデッサンサロンスペシャル≫を開催する。  


                                                     


 



関連ブログ


【まもなく1月17日】 【1.17 KOBE】 【1.17の夜】 ≪美し都 神戸から≫ DAIさん。
【今年もこの日がやってきました】 ≪コウベライフ≫ ktokuriさんの去年の1月17日のブログ。
写真で若干重めですが、この写真を多くの人に見てほしいと思ってトラックバックさせていただきました。 今年のブログ → 【今年もこの日がやってきます】
【想い再び。。。願い新たに。。。12回目の1.17】 ≪神戸街援隊九十八番屯所≫ ハーブの住人さん。 今朝(1/17) の神戸から。
【震災12年】 ≪塩屋徒然≫ ふくださん。  おなじくふくださんより→
【救援物資を送るな!】 災害時に一番必要なのは… 救援物資が被災地の負担を増やすこともある、ということ、 ではどうすればよいのか を考えるヒント、など。 必見です。


【震災時のビデオ映像】 ≪美し都 神戸から≫ DAIさん。 (2007.8.22追記)
震災後12年たって、あの当時の映像が伝えるもの。DAIさんのストレートな筆致があの当時の自分の体験を思い出させてくれます。


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1.17 | 19:08:53 | Trackback(2) | Comments(8)
かぶらの漬けもん と 千枚漬け

 コーベの漬けもん、ゆうたら、何となく奈良漬、ゆうイメージがあるんですけど、
私、奈良漬嫌いやったんで、神戸でも東京でも奈良漬は食べません。(神戸の奈良漬のことを甲南漬って言うのかな?ただ奈良漬ってよんでたけど、ようわかりません)

 ウチの母が大好きやったんは、垂水のダイエーの横に 朝市のテントみたいな出店してた漬物屋さんの蕪のぬか漬け。 かぶのこと、ウチはかぶら、言う。 ナスはなすび。

 垂水に買いもん行ったときはその漬物屋さんに必ず寄ってた。
普段は祭りの時の屋台でたこ焼き買うんもあまりええ顔せん母やのに、 子ども心に 「こんなお店で買って大丈夫なんやろか」 と思ってたけど、そこのお店はええらしかった。 確かにかぶらのぬか漬け、美味しかったし、そこで買った白菜のぬか漬けも美味しかったんで、 私は漬けもんゆうたらこういう味なんや、と思ってました。


 大人になって、漬けもん食べるようになって、ぬか漬けの美味しいのんに当ることは、滅多にないんや、という事がわかってきた。
というか、売ってる漬けもんそのものが、ほんまに美味しい思えるもんが なかなかない。
大体が 化学調味料のあじがすごい。 あれ、野菜の旨味が 消されてしまう。

 あの垂水の漬けもん屋の漬けもんは、かぶらやったらかぶらの味、白菜やったら白菜の味がしっかり味わえてたなぁと思う。 ぬかや塩や、昆布の味が合わさって、野菜の味を引き出してさらに美味しく感じるように出来てたんや、と。


 かぶらの漬けもん。 自分の家では 新鮮なかぶらを薄くスライスして 軽く塩もみしただけで食べるんが好きです。 かぶらって、甘いんよね。 かぶらの甘み、塩でより際立って、ほんまに美味しい。 そのままでも美味しいけど、オカカ かけて お醤油たらっとたらすと、もう、ご飯何杯でも食べてしまいます。



≪千枚漬け≫ ってあるでしょ。 聖護院蕪の漬けもん。 
あれ、甘酸っぱい味で、かぶらの味もなんもわからんので、嫌いやったんです。

 その≪千枚漬け≫。
京都の【東山八百伊】さんゆう漬物屋さんに出会ってから 好きになりました。
【東山八百伊】さんとの出会いも、懐かしい思い出があるけど、それはまた改めて。

 ここの 丸のままのすぐきと 生しば漬け、一本ものの壬生菜漬けは、化学調味料が入ってへん。 塩だけで漬けてあって美味しいんです。
 何年か前、それまで敬遠してた≪千枚漬け≫を 初めて試食したら、 かぶらの味がして、めっちゃ美味しかった。
かぶらに昆布の味がふくらみを持たせて、ふうわり口ん中でかぶらの甘みと香りが広がる。
≪千枚漬け≫って、もともとこういう味やったんちゃうの?と感動でした。


 昨日、たまたま 【東山八百伊】 さんが日本橋高島屋に催事出店してる、ゆうんで行ってきました。
 ちょうど、先だって ほいほいさんのブログで 【村上重本店】 さんが日本橋高島屋に しなもんを置いてはる と聞いて、 ついでやから 両方買って食べ比べしよ、思って。




 千枚漬け。 写真手前、東山さん。奥が村上重さん。村上重さんのは、蕪とお塩だけ。千枚漬けがたっぷりの昆布でぐるぐる巻きにされてて。 さらに ビニール袋に入れられ、輪ゴムでしっかりグルグル止めにされてる。 なんかものすごい質実剛健な感じ。(笑
20070110102712.jpg
 ちょっと昆布多すぎ?ゆうくらい、マッタリした旨味がかぶらにしみこんでる。かぶらの味が引き出されてもいるけれど、昆布も味も、すごい。 私はちょっと昆布の漬け込みすぎかなぁ、昆布味がきついかなぁ、と思いましたが、家族には好評。

 残念ながら、東山さんのは今回、お砂糖がちょっとだけ入ってました。2年ほど前に買ったときは入ってなかったと思うんやけど、今回のはちょっと甘い。 とは言うものの、かぶらの甘みを引き出すだけの、隠し味みたいな使われ方なんですけど。 絶妙な美味さはそれなり。 でも、村上重さんのと比べてしまうと、甘みの中に歴然と砂糖の甘みを感じてます。
砂糖が少し入ってるといっても、 他の千枚漬けとは全然ちがう。 私はそれでも好きでしたよ。

 東山さんのは かぶらのシャキッとした歯ごたえがたまらない。 アッサリした感じで、パクパク食べられます。
(東山さんの、今回は普通のビニールパックでしたけど、最初に食べたんは紙の包装紙に入ってました。 おんなじものなんかなぁ? つくり方変えはったんかなぁ?)20070110102746.jpg


 ついでに すぐきの食べ比べ。
写真手前、東山さん。奥が村上重さん。
こっちも同じような感想です。東山さんはアッサリ。ちょっと酸味が強めで、このままで食べるより チョロッと醤油かけると 旨味の相乗作用で抜群に美味しい。 ご飯が何杯も進んでしまう。 (私はすぐきは 最初に何もかけず、次に醤油かけて、最後にオカカかけて 3回は楽しめます)

 村上重さんのすぐき。 すぐき蕪の味の癖が、発酵とともにさらに味わい深く、 深みのある味になってます。 村上重さんのはこのままのほうが美味しい。
ちなみに、葉っぱのほうは、村上重さんのはちょっと癖が強いので、東山さんの方が食べやすかた。好きな人はきっと村上重さんの葉っぱがタマランやろうね。


 それぞれに美味しかった。どっちもそれぞれの美味しさでした。


 どちらのお店も、塩のみで漬け込んだお漬物を作り続けてはる、というところが とてもポイント高いです。こういうオツケモン、いつまでも作り続けて欲しいなぁ。


 かぶらはやっぱりかぶらの味が生かされた漬け方が好きやなぁ。
かぶらって、もともと美味しいんやから。



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東西味違い | 11:11:11 | Trackback(0) | Comments(5)
福男

いやぁ、今年の福男、去年も福男の粂(くめ)さんでしたね~!

このところ、西宮神社、えべっさんの福男、全国ネットで流れてます。
東京でも、あの赤い門がジリジリジリ~ッと開いて、外から人がどっとなだれ込んでいくシーンは
繰り返し繰り返し 見せられます。


なにが嬉しいて、やっぱり地元の青年が福男とって


インタビューで イキのええ関西弁が聞かれることです。



二年連続は十年ぶりの 福男の粂さん。


ええ男やなぁ。


「なんかええことありましたか」 と聞かれて
「どこでも ようさん酒飲まされて 肝臓が強ぉなりました」


「逆によくなかった事は」
「どこいっても 『福男』 ゆうてイヂめられ(?)ました」


イヂめられ、とはちゃうなぁ、なんて言ったかなぁ。 なんか気の利いた言葉やったけど。


何はともあれ、 まさに当意即妙、関西のしゃべくりの真髄を見た思い。
関西弁もイキよかったけど、 関西人としてもイキのええ人や。



関東おると とんと忘れてしまう しゃべくりの楽しさ、軽妙さ、


こうやってどんどん 生の関西人が映像に出てきてくれると
しばらくは私も 『生き』 がようなる。
東京の芸人さんも まぁおもろいと思えるようになってきたけど
ポンポン 言葉が出て来る関西とは スピードが違いすぎる。



やっぱ、 私は関西弁、関西のおしゃべり すっきゃなぁ。


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神戸 | 09:06:34 | Trackback(0) | Comments(6)
えべっさん

 神戸に住んでた時の、関西ならではの風物詩のニュースがあります。
東京来たら全然扱い方が少ないゆうか、 要するにこれは 地方のニュース なんやな、と
がっかりするやら、 なんか寂しいやら。
 お盆が東京は7月、関西はもちろん8月。 そういう季節がずれるんもあります。
季節ずれたら全然受けとめ方が違う。 風物詩にならへんやん。


えべっさん。


 子どもの頃、年明けて しばらくしたら えべっさん。 
行ったことないし、 えべっっさんがなんなんか 今でもよう知らん。
 そやけど、 なんかみんな集まって 集まって、 とにかく人がようさん集まる。そういう
商売繁盛 繁栄。 年明け早々景気がええ感じがして テレビで見るたんびに
大人の人は 正月の初詣が終わると あそこにもお参りに行くんやなぁ、と思ってた。


ウィキペディア えびす  西宮神社
西宮神社HP  今宮戎神社


みなさんのblogも えべっさん。


【明日から「えべっさん」】 よりりんさん。
【西宮神社招福大まぐろ奉納】 【西宮神社福男選び】 さいとうさん。
【明日から「十日ゑびす
大祭」】 yume_cafeさん。
【宵戎~よいえびす(善い恵比寿?)】  【西宮のえべっさん】 (後のはPhotoAlbumです)まみや★さん。




 ところで、私がえべっさん、と思ってテレビでいつも見てたんは、大阪の今宮戎なんかな。
最近全国ネットで毎年出て来るんは、 西宮神社の福男選びのシーン。
あの、人でいっぱいごった返してる 今宮戎の風景。 東京来てからとんと見てない。

毎年 当たり前に見てたもの、あれは 関西のニュースでどのチャンネルも取り上げる 関西ならではの大イベントやったからなんや、という事がやっとわかった。


 


 もう少ししたら 奈良東大寺のお水取りがあるでしょ。
あれも、関西やと必ずやる。 ニュースでどこでもやってる。 その都度 「春を告げる 東大寺二月堂の≪お水取り≫」 ゆうナレーションが入るでしょ。 あれ、東京では NHKでやるくらいです。
 あと、 奈良の三笠山の山焼きも、地方のニュースのうちの一つになってる感じ。 偶然見かけたらラッキー、という感じ。 毎年見ていたのに、ほんと、寂しいもんです。


 コンビニが復活させた 節分の 『恵方巻き』 (丸かぶりずし) 
関西の風習、みたいに言われてるけど、私の子どもの頃は そんなん全然知らんかった。
 商業ベースに乗っかるものはもてはやされて まるで関西の風習みたいにニュースでも取り上げられてるのを見ると、なんか違うなぁと思うんです。


 東京は東京ならではの祭りがあるから、その土地ならではの風物詩に馴染んで楽しむんがええんやろうケドね。


日本の祭り 一覧 (ウィキペディア)


【追記】 若戎会
 今年もテレビの全国ネットでえべっさんの 『開聞神事福男選び』 が取り立ててスポットが当てられ放送されていた。 上にも書いたけど、 この何年か、お陰で関西にいるときのようにえべっさんの時期を思い出すことが出来るんやけど、 えべっさんは福男選びだけやない。
 上記さいとうさんの【西宮神社招福大まぐろ奉納】 で教えていただいたのだが、福男選びで脚光を浴びている西宮神社には、このえべっさんだけでなく、年間を通して西宮神社の祭りや神事などを影で支える有志の 若戎会 の方達 など多くの人達の働きがあるという。 
 華やかな祭りの裏を支える人達。どんな行事も、そういう多くの人達の支えがあってこそ。忘れがちだけれど、忘れてはいかんと思う。
 最近、行事や自分たちで作り上げることが昔に比べると格段に減っている。これは単に「昔はよかった」という話ではなくて、地域社会の崩壊、という社会現象が大きく影響してる。
祭りが 「楽しかった」 と思えるなら、 次に自分に余裕があるときは、祭りを一緒に支える、そんなこともちょっと考えてもいいんやないか、と思う。
 いろんな支え方があると思うから、自分に合った支え方してみたらどうやろう。 宣伝するだけでもええと思うよ。ゴミを持ち帰るだけでも、もちろんええと思う。
 若戎会の皆さんの書き込み見てて、ちょっとあつぅなりました。


【追記2】 若草山山焼き
 今年の山焼きは1月7日が延期になり、昨日(13日)になったとか。
よりりんさんのブログに詳細 (若草山山焼き)。 やっぱりこういう映像が目に入らないと、いつまでたっても春がやってこないような気分がしてしまいます。これから寒い冬を乗り切ると、その先には春が来る。 改めてそんなことを山焼きの度に感じていたものでした。
 


  


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神戸 | 22:44:34 | Trackback(2) | Comments(4)
須磨のベルトコンベアー

新春。 神戸は穏やかだったと、 知り合いからのメール。
神戸の海は 冬 とても穏やかで暖かな日には 海面が光る。20070107232532.jpg

 垂水から須磨の間、特に塩屋-須磨間は、JRは海沿いギリギリを走る。
私はこの区間は必ず海側の扉にピッタリへばりついて 海をず~っとながめている。


 右は淡路島。  淡路島から左に 水平線沿いに目を転じていくと
 そのまま紀淡海峡、紀伊半島、そして泉州の工業地帯。

広い大阪湾。   水平線が見える海。

瀬戸内はもともと 外洋に比べるととても穏やかで
風もなく波がほとんどないような昼下がりには 細かい波頭が屋根の瓦の重なりのように並び 陽に照らされて
光る風景が しばらく続く。




 塩屋から須磨に近付くにつれ、海岸のテトラポットと 打ちっぱなしのコンクリで出来た突堤が
何本も海に突き出している姿が見えてくる。 そして、その先に、 私たちが 『須磨のベルトコンベアー』 とよんでいる 砂利運搬用の巨大なコンベアーが 水平線を妨げるように現れる。
20070107232548.jpg
その 須磨のベルトコンベアーを超えると 須磨海岸。 夏が過ぎても海の家が何軒か常設されているような海岸に近付き、 電車は須磨の駅にすべり込むのだ。




須磨のベルトコンベアーが稼動停止したのは2005年の9月12日らしい。 


私は全然知らずに この写真を写していた。
写したのは2006年1月8日。 写したときにはもう稼動しておらず、撤去されるのを待つのみだった、という事になる。

須磨のベルトコンベアーの撤去の状況は 須磨人さんのブログ『海の見えるベランダ』に詳しい。( 2006.3.12  2006.3.18  2006.5.21)
 須磨人さんがアップしてくださったリンク(神戸の建設局ページ)
で、このベルトコンベアーは正式にも「須磨のベルトコンベヤ」というのだという事がわかって、意外な感じ。


 ベルトコンベアーが運ぶ土砂は高倉山から削られていったのだけど、削られていく高倉山の写真をアップしている≪六甲山麓≫さんのHP。
(六甲山麓さんのHPは、私が今検索している六甲縦走路についてとても詳しいです)



いつも見慣れた風景がころっと変わるんは なんか寂しいね。
街も海も  こんな風に 知らんうちに 変わっていくんやろうか。



新春。  神戸の海  …   (の写真)    … を眺めながら。


 でも


やっぱ、海は …   こーべ!  やね!!


 


【追記】 美し都 神戸から(DAIさん)より 『須磨ベルトコンベアー』
こちらには陸の中を走るベルトコンベアーの在りし日と撤去後の写真があります。
うかつにも私はこのハコのようなものが須磨のベルトコンベアーにつながっていることに気付いていませんでした。


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街あるき | 00:00:00 | Trackback(1) | Comments(13)
謹賀新年 * 生田さん

あけまして おめでとうございます!


今年も こ~べに帰れますように。
みんなが 幸せになれますように。

大好きなこ~べ、新年のお参りは 生田さんです。

この生田さん。 今年は新年早々、 メデタイそうで。
今年も 年始は すごい人出やったそうで。

紀香ちゃんにあやかって、私も生田さんの写真をアップします。




20061229230304.jpg       


今年もよろしくお願いいたします!



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その他 | 00:00:00 | Trackback(0) | Comments(8)

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