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今では東京暮らしの方が長ぅなってしまったけど、大好きな神戸にいまでもこだわりがあります。
山と海がないとね~
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その街の子ども 劇場版






「その街の子ども 劇場版」を観る。

去年、1月17日の朝の「追悼のつどい」の行われる東遊園地で
実際に撮影され、その日の夜に放送された 「その街の子ども」。
16日、新神戸駅から、主役の二人と一緒に神戸の街を彷徨って
一緒に東遊園地にたどり着いたような、そんな気持ちになった。

その劇場版。 
映画、大きな画面で、16年前の神戸の映像、
空から写したあの映像を観て、16年前に東京にいた私でさえ、
胸が苦しく、息が苦しくなった。

「友達に励まされて、ようやく今年初めて来れたんです」
17日、昨日、東京で流されたニュース。
東遊園地でインタビューに答える女性の姿。
2011年1月17日。
その言葉が 私にとって今年の1月17日を象徴する言葉になった。


写真は 東京都写真美術館、「その街の子ども 劇場版」 上映会場入り口。
黄色い花は「シンサイミライノハナ」。
〈阪神淡路大震災から15年がたち、震災を知らない世代が増えているなかで、
 震災の記憶を未来に伝え、人と人のつながりを育むために
 神戸の学生たちが主体となってプロジェクトを実施しています〉
                   (コトハナパンフレットより抜粋)
                  (公式HP:「http://cotohana.jp)


子どもたちが描いた絵(映画の中にも出てくる)の展示も。

【SUNTV NEWS】阪神淡路大震災から16年 兵庫県内各地で追悼行事 1

【SUNTV NEWS】阪神淡路大震災から16年 兵庫県内各地で追悼行事 2

【SUNTV NEWS】阪神淡路大震災から16年 兵庫県内各地で追悼行事 3

ツイッターの震災関連ハッシュタグ  #sinsai #19950117 #19950117kioku #hyogo #hyogo16

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1.17 | 22:11:57 | Trackback(0) | Comments(0)
映画 「その街の子ども」 全国上映はじまる。



またあの日がやってきます。

去年、NHKの放送をみた時から
ずっと忘れられませんでした。

今年、映画になって
全国で上映されます。
神戸で先行上映され、
昨日、東京で全国ロードショーが封切られました。


『その街の子ども』    → 公式サイト



私は 神戸の友達と観に行きます。







NHKの、ずっと続いているサイトです。「リエゾン被災人」

明日は 16年目の1月17日です。




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1.17 | 00:35:50 | Trackback(0) | Comments(0)
神戸へ。 2010.1.17
震災

15年目の1月17日を迎える。

1週間前から特番が目立つようになってきた。

ハイチで巨大地震が起きた。

ツイッターでハイチの地震を追いかけているうちに
あの震災の記憶がハイチの情報とどんどん交わっていった。


当時の神戸新聞社の記者を主人公にしたドラマをみる。
(フジテレビ系 「 神戸新聞の7日間~命と向き合った被災記者たちの戦い~ http://wwwz.fujitv.co.jp/kobe/index.html)

当時の映像が流れる。

当時の感覚がそのままよみがえってくる。胸が苦しく鼓動が速くなる。


見終わる。


疲れ果てて何もする気がおきない。

でも、必ずブログで1,17の記事を書こう、ということだけは思う。



とりあえずツイッターを開ける。

震災のサイト。#19970117。

すさまじい勢いで震災の思い出が 掘り起こされ流れていく。

どこででも誰にでも起こりえる、人ごとではない、未来に生かしたいと異口同音につぶやいている。

ハイチの募金活動のサイトを提示するものもいる。

ことばが渦巻く。



そこを離れると まったく震災とは関係のないつぶやきを続けている人たちもたくさんいるし
それはそれでいいと思う。


でも、体験したことをつぶやきたい、つぶやかなくてはならないと感じた人たちが
つぶやき続けられる場もあっていい。
それに耳を傾ける人がいてもいい。


去年、記憶が風化していくような焦りを感じて
苛立ちながら1,17を書いたことをはっきり覚えている。

今年は 鮮明によみがえってきた自分の記憶と
多くの人のつぶやきの渦のなかで
おそれずひるまず書きたい思いがつのってきている。

15年経ったからこそ気持ちがしっかりしてきたのかもしれない。


一人でも多くの人にたすかってほしいから

つぶやき続けていく。


神戸へ想いを馳せながら。




合掌。


≪ニキニキ日記≫ 「阪神淡路・大震災 1月17日」

≪神戸永住≫「震災から15年:阪神淡路大震災1,17のつどい」

≪観測所雑記帳≫ 「15年」

≪神戸下町ブログ≫ 「15年目の1.17」

≪神戸トピックス≫ 「阪神淡路大震災15年」

≪たんぶらーんの戯言≫ 「伝えていくことの大切さ~阪神淡路大震災1,17のつどい」

≪大阪カメラマン日記≫ 「100117」


「その街の子ども」予告編4分30秒版
 「その街の子ども」試写会・会見
かんでんCMライブラリー 16.17日に流された神戸バージョン(120秒)が追加された。





◆Tweet 200116~0118
・RT @kenn_okasaka: 東京国際フォーラムで今日、16日の16時から18時開催 "1.17 KOBE MEMORIAL 灯りのつどい_東災ボ" #hyogo15 http://bit.ly/6mkPkR 9:05 PM Jan 15th
・もうすぐ始まります @snowystreet 今夜9時放送のドキュメンタリードラマ「ドラマ」とは名打っていますが当時の実際の映像や関係者インタビューなども交えているそうです→神戸新聞の7日間 ~命と向き合った被災記者たちの闘い~ - フジテレビ http://ow.ly/X2DO 1:54 AM Jan 16th
・「神戸へ。2010.1.17」ブログをアップ。http://bit.ly/4zoXT1 当時神戸にいた人と東京で映像を見ていただけの私とは体験も全く違うだろうけど。映像をみて瞬間にしてあの時の感覚を思い出す。強烈なつらい記憶。 7:10 AM Jan 16th
・ラジオ関西『被災放送局が伝えたもの』http://jocr.jp/sinssai/sinsai3.html当時の録音テープをもとに時系列に整理されたもの。17日午前5時30分から始まっています。 #hyogo15 #19950117 8:21 AM Jan 16th
・ありがとうございます。RT @kenn_okasaka このログ #hyogo15 同じく貴重なので今の時点で一旦アーカイブした。 " #19950117 ログ出力 - ハッシュタグクラウド" http://bit.ly/6HyGvX 8:41 AM Jan 16th
・@Sho_K #19950117 ハッシュタグつけていただきありがとうございました。番組のあと、虚脱感でしばらく茫然としておりました。自分の中でまだあまりに生々しい体験として思いだされることに改めて驚いています。だからこそ今伝えて生かしていきたいと思いました。 3:15 PM Jan 16th from web Sho_K宛
・@nationalandnboy 風呂の水を抜かないこと、寝室にせめてスリッパとか履物を置いておくこと、実際に体験しないと気がつかない些細なことだけどとっても重要なことを周りの人にこれからも伝えていきたいと思っています。そのためにツイッターやハッシュタグが役立つといいですね。 3:17 PM Jan 16th from web nationalandnboy宛
・@kousuke0917 1.17が来るたびに何か一つでも前に進んでいけるようにするということでもいいのかな、と思います。 3:23 PM Jan 16th from web kousuke0917宛
・@kenn_okasaka ありがとうございます。こちらにも多くのRTが来ています。生の声がこれほど集まる場所の大切さを痛感しているのはまずは声を発している人たちなのですね。タグを打ち込むたびにこの日を思い出します。 #hyogo15 #19950117 3:28 PM Jan 16th from web kenn_okasaka宛
・みなこういう情報が必要と思っておられるのだと思います。。。RT @Kari1290「防災グッズに家族写真」のつぶやきが多くの方にRTされて驚いてます。 7:21 PM Jan 16th
・もうしょっぱなから涙RT @suntv3 きょう行われた「阪神淡路大震災1・17のつどい」に関する動画を配信中です【震災15年…午前5時46分】 [PC] http://ow.ly/Xhpf [モバイル] http://ow.ly/Xhpa #hyogo15 #19950117 7:44 PM Jan 16th
・追悼の先、しっかり歩いてゆかねばとふたたび思う。 #hyogo #19950117 7:46 PM Jan 16th
・猫も助けたらなな(助けてあげなくては)、というひともたくさんいると思います。命を守りたいという思いは同じだから。RT @kijincalo 人命が危ぶまれている時にねこどころではないだろう、と言われそうで。考えただけでこころがぎゅうっとなる。 7:52 PM Jan 16th
・特に今日は何やっていても地震のことがずーっと通奏低音してる。いつもこれほどではないにせよ、意識の奥底で響いていることに気が付いている。東京にいた私ですらこうなのだから、現地にいた人はいかばかりか。。。と。。 #19950117 8:18 PM Jan 16th
・私もそう思います。そしてこのタグを大切にしたいと思います。RT @kenn_okasaka 大切なことは欠片になって埋もれている。欠片だからこそ色褪せずにみんな大事に持っている。でもその欠片、もう出してもいいと思うんですよ #hyogo15 #19950117   1:34 AM Jan 17th
・RTさせてください。 @satonao310さなメモ更新。阪神大震災から15年。あの日神戸にいたボクの体験談、教訓などです。地震が起こったらすぐしないといけない意外なことなど、是非お読みください。→ http://bit.ly/7MKj5R 1:42 AM Jan 17th
・さっきNHKで見たと同じ地滑り現場。番組のように編集されていないBGMのない余りになまなましい映像。昨日の神戸新聞の記者の話と重なる。RT @cosmoweb 阪神大震災"全記録"秘蔵VTR6 http://www.youtube.com/watch?v=nGaPz2qBV8o 4:12 AM Jan 17th
・昨日のNHKの森山未来さん主演ドラマ、ラストは実際に17日の東遊園地での撮影だったのですね。http://bit.ly/6kBpxt (毎日jp) いいドラマだった。 #kobecity #hyogo15 #19950117 約13時間前
・共感します。心に沁み込むドラマでした。ご紹介感謝。RT @snowystreet 「歩きつづける」RT @soralisfran: 「その街のこども」…一夜明けての覚え書き | http://frankin.seesaa.net/article/138650460.html 約13時間前




◆「神戸のこととか(4) 2009年1月17日」
 2009,1.18
◆「神戸のこととか(3) 明石海峡」 2009.1.16
◆「神戸のこととか(2) 修理の跡」 2009.1.15
◆「神戸のこととか(1) よせがき」 2009.1.14
◆「2008年の 1.17」 2008.1.17
◆「もうすぐ あの日 ≪開幕の祈り≫」 2007,1.14

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1.17 | 02:00:06 | Trackback(1) | Comments(0)
神戸のこととか(4) 2009年1月17日

1.17希望の灯り



今年も1月17日を迎えた。


あの震災で なんと多くの方が亡くなったことだろう。

       合掌。


今年も遠く東京でこの日を迎え
テレビを通してこの日の神戸を感じていた。


夜に見たNHKの特番。
改めて震災に直面した人々の苦しみ、悲しみ、葛藤、痛いほどに伝わってくる。
そして あらためて これから自分がしなくてはならないことを感じて身が引き締まる。

NHKスペシャル『阪神・淡路大震災 秘められた決断』 
公式サイト http://www.nhk.or.jp/special/onair/090117.html


――――― この日をめぐって サイトのご紹介 ――――――


≪神戸トピックス≫ kobeportさん
  いつも神戸のことを丹念に描いてくださっています。
  1.17の神戸、式典の準備など ボランティアさんを含めた
  多くの方たちがかかわっておられる姿も  伝えてくださいます。

    ◆ホテル シェレナ跡 2009,1,15付
    ◆1.17の準備 2009.1.16付
    ◆1.17神戸の街 2009.1.17付


≪美し都 神戸から 鳥瞰図を描きましょう♪≫ DAIさん
  神戸の街を鳥瞰図を描かれる視点からも伝えてくださいます。
  街が変わりゆく姿、変わってしまってしばらくすると忘れてしまいがちです。
  以前にそこで生活していた方たちの姿が 建物、街並みを通して
  伝わることがたくさんあるのだということを教えていただきました。
  
    ◆空から見る震災復興写真展 2009.1.8付
    ◆半旗 2009.1.18付


≪神戸街援隊九十八番屯所 ≫ ハーブの住人さん
  地域の消防団での活動などを通して、防災や救助法などを伝えてくださいます。
  地域に設置されはじめたAED(自動体外式除細動器)についてもいち早く取り上げ、
  設置場所のレポートも掲載してくださっています。  

    ◆14年目の朝 2009・1・17付


≪K.T.P.S.2006(Blog)“神戸市長田区(新長田)と鉄人28号・ジャイアントロボ”≫ k_t_p_s_2006さん
  震災で最も被害を受けた長田を中心に いつも細かい街情報を知らせてくださいます。
  1月17日を中心とした行事について、長田地区を中心に情報を集めてくださいました。

    ◆今週のイベント情報(11日~17日)と震災追悼行事 2009.1.14付


とり上げさせていただいたサイト以外にもたくさんの方が1月17日のことを書いておられます。
忘れてはいけない、そして次の世代に生かす経験とするために
私も形を変えてもずっと書きつづけ伝え続けていきたいと思います。


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1.17 | 21:22:22 | Trackback(1) | Comments(2)
神戸のこととか(3) 明石海峡
神戸で出会った画家の寺門孝之さんは
震災直後の1998年、一冊の本を描いた。
寺門さんの故郷から見える明石海峡の写真に 寺門さんの筆が走る。
エンジェルロンド
(≪ANGELES RONDO≫ フェリシモ (→HP)

このペイジが 寺門さんとの新たな再会だった。

明石海峡。
山陽電鉄滝の茶屋駅からみえるこの海は
あの日 どんなふうになっていたのだろう。
滝の茶屋の駅から1
            右奥に見えるのが明石海峡大橋、島影は淡路島。 (撮影2007年12月)
◆神戸市消防局 1995年兵庫県南部地震:地震の概要

滝の茶屋の駅から2

淡路島から左に目を転じていく。
このあたりの海底を断層が走っているのだろうか。

◆国土交通省:阪神みちまちネットワーク  阪神・淡路大震災の概要

takinotyaya

私が訪れたこの日は 雲が低く垂れこめ 急にヒョウでも降ってきそうで
それでも急に気まぐれのような陽射しが 海面をところどころ白く光らせているような天気だった。

sioyagyokou

左手には南欧を意識した作りなのか 塩屋漁港の白壁とオレンジの屋根が見える。
震災直後は 塩屋の駅周辺にも 震災で崩壊している家があった。
ここから六甲山脈と海に挟まれた 狭い狭い神戸の街を 断層と震源が抜けていったのだ。

震災14年。
1月17日は 何年たっても
私にとっても、他の多くの人にとっても
忘れられるはずもない日。


ぼくらのオペラ
(『ぼくらのオペラ』 in≪寺門孝之ミュージァム≫@表参道LEMONTREE) 
      「じしんのオペラ」 のペイジをひらく


14年目の1月17日に出版される寺門さんの初めての絵本。

       『ぼくらのオペラ』 イースト・プレス →Amazon ぼくらのオペラ

 
あの日から私も寺門さんといっしょに
ずっとうたいつづけてきたような気がした。

あの日の心の震えを。


〔関連記事〕

◆神戸新聞ニュース  『震災など題材、初の創作絵本 画家・寺門さん』 2009,1,17付

◆J-CASTモノウォッチ デザインのチカラ  『デジタルと水彩画の出会い 「変化」「再生」された寺門作品 』  2009.1.15付

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1.17 | 23:52:56 | Trackback(0) | Comments(4)
神戸のこととか(2) 修理の跡
震災後14年にもなると 震災後修理された建物の修理の「跡」も
色があせ、もともとの建物の具合と馴染んできて
街全体が 修理直後の なんともいえない切り貼りしたような、張りぼて感から
少しずつ とき放たれてきたようにも感じていたのだけれど・・・。

生田神社で見つけた修理跡。
生田神社
裏に回ると3か所で断裂していた様子がわかる。
生田神社

三宮神社の鳥居、今はこうなっている。
三宮神社鳥居

神戸事件の碑
神戸事件の石碑は傷つきながらも昔のものを残しているようだ。
三宮神社西側
西側に回ると震災前の様子がそのまま残っているのか、と思ってたけど…

震災直後から定点撮影しておられた方の写真を掲載しているサイトを見つけた。
≪震災記録写真(大木本美通撮影)≫ 〔神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ【震災文庫】より〕
◆7年間でこう変わった:定点写真「三宮神社」

ここに写っている三宮神社の復興工事の様子。 震災直後の様子は、今の姿から全然想像できない。


明石でみつけた鳥居。
明石の鳥居

震災で壊れてしまったけれど 残された部分を
どうにかして次の世代に残していきたいという思いのようなものを 街のあちらこちらに感じる。

以前の姿のままで残っていれば やっぱりうれしい。
でも、どうしても残せなかったものもある。
三宮

震災直後、ビルの倒壊でテレビ画面に頻繁に登場した場所。
今は道路もビルも綺麗になっている。
でも、一本道を隔てた線路(海)側には 今はもう阪急会館はない。

阪急会館のあと

前述≪震災記録写真(大木本美通撮影)≫ 〔神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ【震災文庫】〕
◆阪急三宮駅ビルの解体工事

<参考資料>
◆神戸阪急ビル ウィキペディア

DAIさんの≪美し都神戸から(鳥瞰図を描きましょう♪)≫
◆空から見る震災復興写真展 2009.1.8付



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1.17 | 21:49:20 | Trackback(0) | Comments(4)
神戸のこととか(1) よせがき
今年も 1.17が近づいてきました。
いつも 年が明けると 1月17日のことが頭のどこかでちらちらするのですけれど・・・
今週に入るか入らないか あたりから テレビでも1.17にまつわる番組を見かけるようになりました。

神戸の写真、意識してとるようになったのはブログを始めてから。
当初は携帯のカメラしか持ってなくて(初デジカメが携帯カメラだったので)
一昨年春に初めてちゃんとしたデジカメを買って 神戸に帰る機会があると気になるものは撮ってきました。

今回は 今まで撮りためた 神戸の写真の中から 寄せ書き風のものなど。

南京町

これは 去年暮に神戸に帰った時に撮った 南京町の路地。
偶然通りかかったとき ふと足元に気がついて写しました。

南京町2

街を復興するときにみんなで書いたのでしょうか。
震災直後は 路地はずいぶん遅くまで アスファルトや石畳がぐちゃぐちゃのまま放置されていました。
まちなかはそれでもしばらくしたら少しずつ舗装が綺麗になって行きましたが
住宅地、山の方などの道はずいぶん遅くまでそのままになっているところが多かった。
次の年もまだ放置されたままの場所が結構ありました。

あのころは 足元を見て歩かないと歩けなかった。。。。

JR長田

これは JR長田の駅のホームにあったもの。
上りホームの三宮側先頭の方にあるので、電車が駅を発車するときに 
車中から目にして気になってました。

街の中には もっともっといろいろな所にいろいろな記憶が残されているのだろうと思います。

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〔追記〕

南京町のメッセージ入りレンガについて、このようなサイトがありました。
≪震災モニュメントを訪ねて≫ 【中央区】76.元町商店街
「神戸レンガプロジェクト」によって全国から届けられた「励ましのレンガ」が震災直後に敷かれたとのこと。そのレンガが時とともに痛んで撤去されたり、修復されたりしているようです。

≪元町3丁目商店街≫では2003年に「励ましのレンガ」を復元、全面リニューアルしたとの記事もありました。(≪元町商店街≫レポート元町情報2003年の№304、№319、№325にのっています。

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1.17 | 00:19:51 | Trackback(0) | Comments(2)
2008年の 1.17
今年も1月17日がやってきた。
あれから13年。


この1年 思いのほか 何度も神戸に足を運ぶ機会があった。
表面では ずいぶん神戸も元気になってきたと
嬉しく思えることも多かった。
反面 いろいろ気になることもあった。

普段は神戸から離れているから
そんな私が感じるいろいろは
神戸に住んでいる人の感じ方とは違うのかもしれないと思うけれど。
そんな私が 見たこと 感じたこと。
この1年。

            **************

先日この写真を見て 思わず息をのんだ。

須磨人さんのブログ≪海の見えるベランダ≫ 2008年1月2日の記事『神戸新鮮市場』にアップされていた 
現在の 湊川・夢野市場の様子。

(写真は須磨人さんのご厚意により、転載させていただきました。ありがとうございます。
須磨人さんのブログ≪海の見えるベランダ≫ URL : http://blog.kansai.com/7804 )
夢野市場1

夢野市場2


13年たった今もまだ震災直後のまま残されている・・・ あの時の状況がまざまざとよみがえってきた。
(関連記事: 神戸新聞 「夢野市場」遠い復興 震災13年傷跡そのまま 2007年12月17付記事)

街のあちらこちらがこんな状況だったのだ。


当時、神戸の実家でまどろんでいた親は 地震の瞬間、普段は男の人二人でようやく持ちあがる重量級の母親の婚礼ダンスがとび上がり、寝ていた頭の30センチ先に倒れてきたのがスローモーションのように見えたという。
もう30センチそれがずれていたら… そんな体験を とても多くの人がしたのだろうと想像する。

幸いなことに、家族の命に別条はなかったが、震災後、救援物資など一度も配給されることのない土地で、ご近所さんと助け合い、生協さんが回ってきてくれて無料で物資をくださって、ようやくお湯が沸かせるようになり人心地がついたのは、震災1か月近くたったころだったと言っていた。

そのころの話は しんどい思い出ばかりだからと あまり話したがらない。

小さな子どもを抱えた私は 「まだこんほうがええ」と言われ 
半年後の夏に初めて子どもと一緒に帰って まだブルーシートが屋根にはられ、道路がめくれあがり、阪神高速は横倒しになったままで、「夢野市場」のようになっているところがあちらこちらに残っている神戸の街に降り立ったのだった。
 
                **************


神戸の街は 確かにきれいになった。
がれきの間をぬって歩いたことなど 今は想像できないほど
震災前と同じように 道路は整備され ビルはきらきら光っている。
震災直後に目立ったブルーシートは 表通りを歩いていれば 目にすることもない。

それでも、 実家の町には ごく最近までブルーシートで覆われて
廃墟となって残っていた家が建っていたのだ。
何も建たずに更地になったままの場所は 実は他の場所にも まだまだ残っている。

JR新長田の駅プラットフォームからみた海側。 何かの建設予定地なのか 
広大な更地が広がる。(2007年6月撮影)
新長田2007年

同じくJR新長田駅の山側。 道路整備がようやく始まったところなのだろうか。
とにかく更地が多い。(2007年6月撮影)


街の中を歩いていても、 昔ながらの商店街、市場には人が少なく、三宮や元町周辺といった限られた場所に若者を中心に人が集まっているのを感じる。
新しく建て直されたビルに入っている店舗は全国展開のチェーン店などが目につく。


新しく建て直された、きれいな街並み。
そこを歩くのは気持がいい反面 
ところどころに残っている 昔ながらのものに とても心惹かれる。
この1年は 私が知っている神戸捜しをする1年だったのかもしれない。

もう年老いた親は 私が見つけて写真に撮った 昔懐かしい神戸の姿をみると とても喜ぶ。

ビーナスブリッジから降りてきて 金星台で見つけた 御影石の列。(2007年11月撮影)
金星台

昔はいたるところで見かけていたような御影石の柵の柱。
こんなところに残っていたというだけで とても懐かしく嬉しくなる。
こんな写真を親に見せると 同じような柵や石垣のあった 昔住んでいた六甲の旧居留地あと(今は神戸大学になっている)や 六甲ケーブルの山上駅周辺の話に花が咲く。

私がネットで探した老舗の店に連れて行くと 「昔来たことがあるよ」と そのころの話をしてくれる。



昔のものが 大量に 消えてなくなってしまった。
そういう13年間でもあったのだと感じるこの1年だった。
でも、消えてしまったと思っていたものも 人の心の中で、そして実際に蘇ることもあるのだということも知った1年だったようにも思う。



神戸ビエンナーレ2007 『タイムトンネル写真館』 (2007年11月撮影)
神戸で写した昔の写真と今の写真を並べて展示。定点観測撮影に人という要素が加わって新しい視点が生まれてくるように感じた。 (ビエンナーレ関連当ブログ2007.11.12)
タイムトンネル写真館

タイムトンネル写真館


10年かけて元の姿に再建された 神戸栄光教会。 (栄光教会関連当ブログ2008.1.13)
神戸栄光教会


13年間続いたルミナリエ。
去年の暮に初めて歩くことができた。
ルミナリエの記念として買ったのは 1995年12月第1回ルミナリエのブックマーク。(ルミナリエ関連当ブログ2007.12.18)
ルミナリエブックマーク


忘れられないあの日。





あの震災の犠牲になられた多くの方々に 合掌。


             ************
  

◇去年のブログ記事  もうすぐあの日≪開幕の祈り≫
今年 1.17をカテゴリーにしました。 →1.17


◇DAIさんのブログ≪美し都神戸から(鳥瞰図を描きましょう)≫ のカテゴリー 『震災』
ここに重ねられた記事、写真のひとひらひとひらが 神戸へ、震災の思いを深める。

◇kobeportさんのブログ≪神戸トピックス≫    1.17の前日 1.17あれから13年
東公園の『希望の灯り』  この時間に自然に祈っている自分に気が付きます。

◇神戸新聞のWEB記事は神戸から遠く離れた場所にいても神戸のことを伝えてくれる貴重な情報源になっている。
震災13年目の記事一覧が見られるのはこちら→ 神戸新聞/連載・特集/震災13年 URL : http://www.kobe-np.co.jp/news_now/08shinsai.shtml
WEB記事は経年とともに消去されることもあると聞いたのだけれど、 神戸新聞のWEB版はぜひ永久継続保存してほしいと心から思う。

神戸新聞の記事の中に こんな記事を見つける。
被災地総生産、震災前を上回る/復興特需後で初 2008.1.16付


◇毎日新聞のウェブ版 阪神大震災:大被害受けた神戸市長田区、再開発誤算2008,1,14付

◇読売新聞のウェブ版YOMIURI ONLINE <防災と復興1.17から未来へ>

◇朝日新聞のウェブ版asahi.com 神戸の復興見届け3千枚 300か所を定点観測撮影 2007.1.17付


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1.17 | 22:37:20 | Trackback(1) | Comments(4)
もうすぐ あの日 ≪開幕の祈り≫

もうすぐ 1月17日、 あの日がやってくる。

 あの日。 朝、慌しく家事をしていた時に ダンナからの電話でそれを知った。
「ニュースみてる? 神戸が大変みたいだ」
一瞬 血が下がるのがわかった。
 テレビをつけると、 朝の光にてらされてはいるが 音のない 動くもののない 死んだような神戸。
慌てて実家に電話をする。
 幸い、すぐにつながる。 親の声を聞いた瞬間、どっと体中の力が抜けた。
そのあと、家からの電話がつながらなくなったが、 近くの公衆電話から、 何度も何度もかければ時々つながった。

 ずっと神戸の映像から離れられなかった。
夜を迎え、 真っ暗な神戸に点在してみえる赤い炎を 胸がつぶれる思いで見守ることしか出来なかった。あの炎の下には人がいる。 はよ火ぃ消さな。 早ぅ! なんでどんどん広がってんの? どないなってんの? 何とかせな! 何とかならんの?!
 ウチのすぐ近くまで火が迫っているよう見えた。朝を迎えるまで、テレビの前で身体の震えが止まらないまま ずっと念じ続けた。



あれから12年。


 10年を迎えたとき、 共に神戸で育った友達とは 「まだ終わっていない」 という思いを誰ともなく語り始め、 思いがけずも確かめ合うことになった。 テレビなどで 「神戸は復興した」 と明るく告げられているのが 実感とは とてもずれていたから。


 多くの人が犠牲となり、罹災し、 直接罹災していない多くの人の心にも 目に見えない傷が残っている。


 


 



あの日を 忘れられない
それぞれの人が それぞれの鎮魂を胸に あの日を迎える。



 去年の春に出たクラシックのCD、  佐渡裕さん指揮の 【開幕の祈り】 は 復興のシンボルとして2005年10月にオープンした兵庫県立芸術文化センターの専属オーケストラが初舞台を踏む前に録音された。
芸術監督であり、この録音の指揮をとった 佐渡裕さんは、ライナーにこう記している。


***


『(前略) …  僕の芸術監督としての役目は、非常にはっきりとしています。それは、あの忌まわしい震災のあったこの地で、力を合わせ生き抜いてこられた方たちに、素晴らしい舞台を届けることです。

 この街は、電気もガスもなくなったあの日、家族や友人を奪ったあの日のことを忘れないでしょう。そして、人のたくましさも、感謝の気持ちも忘れないでしょう。 そうした想いが、僕に、この劇場の、そしてオーケストラの誕生という形で、人が創る芸術とは「楽しみ」という原点に立ち戻ることなのだということを教えてくれました。僕は、多くの人々にその喜びを伝え、ともに心豊かな未来を創っていく役目を授かったと感じています。僕は常々「音楽は素晴らしい!」と言ってきました。素晴らしいものであるからこそ、多くの方々に感動を届けなければならないのです。兵庫でのはじめてのアルバムとなる 『開幕の祈り』 は、そのような大きな使命を感じ、出来立てのオーケストラを相手に、一音一音確認しながら、どこまでもうつくしさを求めた録音です。

 この音を、多くの犠牲者のために捧げます。そして、それは、この街の豊かな未来への「祈り」でもあるのです』


***


≪カヴァレリア・ルスティカーナ≫間奏曲
(マスカーニ)
弦楽のためのアダージョ(バーバー)
アダージェット(マーラー)
エレジー(チャイコフスキー)
ヴォカリーズ(ラフマニノフ)
アンダンテ・カンタービレ(チャイコフスキー)
クラリネット協奏曲第2楽章(モーツァルト)  そして
G線上のアリア(バッハ)。




聴き慣れた小品だからというだけではない、 心に染みる一つ一つの音に、知らず涙が流れる。




 表紙の 祈りを形に留めたような線描は 神戸出身の画家、寺門孝之さん
寺門さんも、 今月の17日に 震災への思いを胸に 神戸で≪2∞7☆1☆17てらぴかデッサンサロンスペシャル≫を開催する。  


                                                     


 



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【今年もこの日がやってきました】 ≪コウベライフ≫ ktokuriさんの去年の1月17日のブログ。
写真で若干重めですが、この写真を多くの人に見てほしいと思ってトラックバックさせていただきました。 今年のブログ → 【今年もこの日がやってきます】
【想い再び。。。願い新たに。。。12回目の1.17】 ≪神戸街援隊九十八番屯所≫ ハーブの住人さん。 今朝(1/17) の神戸から。
【震災12年】 ≪塩屋徒然≫ ふくださん。  おなじくふくださんより→
【救援物資を送るな!】 災害時に一番必要なのは… 救援物資が被災地の負担を増やすこともある、ということ、 ではどうすればよいのか を考えるヒント、など。 必見です。


【震災時のビデオ映像】 ≪美し都 神戸から≫ DAIさん。 (2007.8.22追記)
震災後12年たって、あの当時の映像が伝えるもの。DAIさんのストレートな筆致があの当時の自分の体験を思い出させてくれます。


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1.17 | 19:08:53 | Trackback(2) | Comments(8)

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